8年前25歳の時に結婚して1人目の不妊治療に5年費やしました。奥さんは1歳下。
初期の頃は自分の無精子症とか疑って精子検査キットで検査したりしました。めちゃくちゃ緊張したけど動いてた(画像は流石にテロなので自重)
長引いたのは原因が終盤まで分からなかったこと。最終関門の顕微受精まで辿り着いてもとにかくいい結果に結び付かなかったこと。奥さんも自分も辛かったし焦ったし大変だった。色んな生き方も模索したりしたけど心折れるまでは諦めないことにしました。


不妊治療初期の頃に見てた深キョンと松ケンの不妊治療ドラマ。かなり配慮して作られてた。けど初期じゃなかったら心痛くて見れなかった。ドラマ逃げ恥スペシャルは番宣で子ども産まれててメンタル安定のために見なかった。今でも見てない。
奥さんもメンタルも体力もしんどい中フルタイムで働いて治療を掛け持ちしてくれたので金策はなんとかなった。感謝しかない。自分も手術日には仕事を休んで病院は付き添うようにした。双方理解してくれる職場で良かった。
怖くて正確な治療費は計算してないけど、当時は保険適用外だったので最後の方は年間200万とか掛かってた。1錠700円の薬を1回3錠、1日3回とか金銭感覚狂っちゃうよね。
忘れもしないのがライバルズ最後の勇者杯の翌日が不妊治療の採卵採精の日だった。お医者様からは「旦那さんはストレスを掛けないように」と。
ごめんなさい、ありえんくらいのストレスと負荷を身体にかけて臨むこととなってしまいましたが結果的にその時の受精卵が奇跡的に産まれてくることになった長男である。パパが不甲斐なくて勇者の血は流れてはいない。すまんな。


勇者杯負けてしまった最後の1枚と翌日の採精室から。院長先生のコレクションで抜くことになる。人妻ナンパドキュメントは遠慮しておいた。
2人目の治療も1年掛かったけど、菅元総理のおかげで保険適用となり、また自治体からの助成金のおかげで手出しは課金額は数十万程度だった。保険適用は回数制限があったけど、2人目ということもありプレッシャーは薄かった。不妊治療にプレッシャーは大敵なのでそれは良かったのかもしれない。
比較的若い年齢であっても不妊治療で沼ったこと、これがもし結婚が遅く不妊治療の開始が遅かったらもしかしたら子どもに巡り会えてなかったかもしれないという経験から、早く結婚した方がいいぞオジサンとして活動していくことを誓います。


